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Gacktの生い立ちがヤバイ!精神疾患の入院歴や両親離婚の過去も

Gacktの生い立ちがヤバイ!精神疾患の入院歴や両親離婚の過去も

2021年9月に無期限活動休止を発表した、ミュージシャンのGackt(がくと)さん。

Gacktさんは過去に両親が離婚しており、精神疾患の入院歴もあるんだとか。

今回はGacktさんのヤバイ生い立ちを中心に、精神疾患の入院歴や両親離婚の過去を徹底的にをご紹介します。

Gacktの生い立ちを時系列に紹介

過去に精神疾患で入院歴があり、また毒親とも呼ばれる両親との壮絶なGacktさんの生い立ちをご紹介します。

Gacktの壮絶な生い立ち

  1. 沖縄の海で、臨死体験する。
  2. スパルタ教育の習い事を止めるため、先生に嫌がらせ。
  3. 鉄格子のある精神病棟に隔離される。
  4. 自衛隊員でスパルタの父親に殴られる。
  5. 母親にお腹をブスリと刺される。
  6. 両親の離婚

箇条書きだけ見ても、Gacktさんの生い立ちが壮絶だったことが伺えますね。

では、もう少し詳しくGacktさんの壮絶な生い立ちのエピソードについてご紹介します。



Gacktの生い立ちのターニングポイントは臨死体験

Gacktさんの壮絶な生い立ちでターニングポイントは、7歳の時に沖縄の海で溺れ臨死体験した事でした。

僕は沖縄の海で溺れた。波に飲まれて、苦しくて、もがいてももがいても、とにかく足が地面につかなくて、頭の上に物凄い勢いで波が動いているのが見えた。どんどん水中に引っ張られていく。息を吸おうとしても、塩辛い水が口に入ってくるだけ。
…初めての事だった。感じたことのない恐怖を味わった。間違いなく死ぬ。そう思った。

(引用:Gackt著書自白

7歳の時に沖縄の海で溺れ、走馬灯のようにめぐる『死』を体感したGacktさん。

この臨死体験をきっかけに、Gacktさんは霊的な現象が見えるようになったそうです。

溺れた後、僕は色々なものが見えるようになった。その日を境に完全に変わった。目が覚めた後、今まで全く見えていなかったものが、完全にみえるようになっていた。いわゆる霊的な現象といえばわかりやすいだろうか。
僕は、生きている人とそうでない人の区別が出来なかった。

(引用:Gackt著書自白

生きている人と同じように、そうでない人の姿も見えるようになったということでしょうか。

7歳の少年には、なかなか受けとめがたい現実だったのではないでしょうか。

この時Gacktさんが体験した臨死体験が、壮絶な生い立ちに深く関係してくるようです。



Gacktの臨死体験後の生い立ち

それではGacktさんの臨死体験後の生い立ちを時系列にご紹介します。

Gacktの生い立ち①7~11歳:先生に嫌がらせ

トランペット奏者の父親の影響もあり、3歳からピアノを習い始めたGacktさん。

3歳の頃についていたピアノの先生はとてもいい人で、Gacktさんもピアノが大好きだったんだとか。

そんな大好きだったピアノのレッスンですが、小学校に入った頃から辛くなってきたそうです。

ピアノが嫌いになった理由

  • やらされている感じが強くなり、苦痛だった
  • 海で溺れた時に、Gacktさんの世界感が変わった。
  • 腕や肩を強く叩かれ、冷たい声で叱責された。

上記の理由からピアノを止めたい気持ちが燃え上がってきたGacktさんは、一計を企てます。

僕は先生に嫌われるようなことばかりした。先生の家の玄関の門に鎖を巻きつけ、鍵までつけて、外に出られないようにしてみたり。ヤンチャ仲間を呼んで、石を投げつけたり。
凄く怒られたりもしたが、僕は先生に「この子は手に負えない。やめさせてくれ」と、ただ言わせたかっただけだ。
親にも「この子を教えられる人はいない」と思わせたかったのだ。

(引用:Gackt著書自白

Gacktさんはピアノを辞めるために、7歳の時から先生に嫌がらせをしたようです。

  • 先生の家に鎖と鍵をつけ外に出れないようにする
  • 石を投げつける

念願かなってピアノを辞められたのは11歳だったそうです。

Gacktさんは小学校時代の4年間も、ピアノを辞めるために格闘していたんですね。

しばらくピアノから遠ざかっていたGacktさんですが、ピアノが上手な友人に触発されこの後再びピアノに没頭する時期が来たそうですよ。



Gacktの生い立ち②10歳:精神隔離病棟

臨死体験をしたGacktさんが10歳になった頃、突然胃や内臓に激痛が走り病院に運ばれたそうです。

病院では『原因不明、まだ発見されていない伝染病かもしれない』と言われ、そのまま病棟に隔離されています。

病室に鉄格子

隔離されて、監禁され、鉄格子の付いた病棟に放り込まれた。子供ばかりだったことから、おそらく小児病棟だったと思う。伝染病だったり、重病の子供が多い病棟だったのだろう。

(引用:Gackt著書自白

病院に鉄格子がついていたら、かなりショックですね…。

この時Gacktさんが隔離・監禁された病棟が、精神病棟だったと言われているようです。

毎日友達がいなくなっていく

精神病棟に隔離され、毎日を過ごしていたGacktさん。

臨死体験をきっかけに霊的なものが見えるようになったGacktさんは、話した相手の生死がわかるようになっていました。

「この子は明日、死んじゃうんだ。」みたいなことを、すぐに感じてしまうのだ。
…そして、僕は、友達がまた、一人、死んでしまったと知る。
辛い毎日だった。耐えられなかった。…地獄だった

(引用:Gackt著書自白

Gacktさんだけがわかる、生死の未来

想像しただけでも壮絶で、よく気が狂わなかったと思います。

Gacktさん自身もこのままでは自分がおかしくなっていまうと感じ、再び一計を案じました。



担当医の真似

このままここにいたら、きっと僕はおかしくなる。でも、僕は精神が安定していないからと、なかなか出して貰えなかった。
どうしてだしてくれないのだろう。僕が正常じゃないからか?
…僕は一生懸命、考えた。そして、思いついた。

(引用:Gackt著書自白

精神が安定していないから出してもらえないのなら、正常なフリをすれはよいのでは?と考えたGacktさん。

正常だと判断されるために、担当医の完璧なコピーをしたそうです。

担当医そっくりに真似をしたら、僕は正常だと判断されるのではないだろうか。
「もう退院していいよ。」
と、言われた。

(引用:Gackt著書自白

担当医の真似をしただけで『正常』との判断を下され、大人への不信感が募っていったGacktさん。

この精神病棟への隔離の経験は、Gacktさんの人生に大きな影を落としているようです。



Gacktの生い立ち③反抗期:父親に殴られる

Gacktさんの父親はとても厳しかったようです。

  • 食事中はしゃべるな
  • くちゃくちゃ音を立てるな
  • 男が歯を見せて食べるな
  • テレビは見るな

なかなか厳しそうなGacktさんの父親ですが、気に入らないことがあるとすぐに殴ってくる人物だったようです。

幼少期のGacktさんも、父親に殴られたことがあるんだとか。

Gacktさんが父親に初めて殴られた時のエピソードを、歌番組「うたばん」にてコメントされていたのでご紹介します。

ある日言い争いになったGacktさんとGacktさんの父親。

理不尽なんですよ。いきなり首根っこを持たれて、背中から落とされて、立ち上がった瞬間に、3発で終わりましたね。

(引用:うたばん

言い争いの結果かなりのスピードで顔面を3発殴られたGacktさんの鼻からは、後から後から血が流れてきたそうです。

鼻血が流れるほどの顔面パンチ…、これはしつけというより暴力なのでは?と話題になりました。

Gacktの生い立ち④反抗期:母親に刺される

なかなかに壮絶なGacktさんの父親ですが、Gacktさんの母親も毒親と言われているようです。

Gacktさんが母親にお腹をブスリと刺されたエピソードをご紹介します。

  1. 反抗期の時期に交際していた彼女を悪く言われて、口論に。
  2. 母親が包丁の刃先をGacktさんのお腹にあてる。
  3. Gackt「刺せるもんなら刺してみろおらぁ!!」
  4. 母親が包丁で、Gacktさんのお腹をブスリ

お腹を刺された時の事を振り返り、Gacktさんは『かなりショックだった』とコメントしています。

母親に包丁でお腹を刺されたら、想像を絶する衝撃だったでしょうね…。

Gacktさんの両親は『毒親』といわれているようですが、それも納得してしまうエピソードです。



Gacktの生い立ち⑤両親の離婚

毒親と言われているGacktさんの両親は、Gacktさんが幼少期の時に離婚している、と言われていますが真相は定かではありません。

離婚後は、沖縄出身の祖母と養子縁組を組まれているようです。

理由は、出生時の父親姓「岡部」が嫌だったから、とのことですよ。

まとめ

今回はGacktの精神疾患の入院歴や両親離婚の過去など、壮絶な生い立ちを中心にお届けしました。

海で溺れて以来人生が変わってしまったGacktさんですが、両親もまた壮絶な人物だったようですね。

今後のGacktさんの復帰を応援していきましょう。